
経営学部助教の元山年弘氏は、膝の骨折の療養中、肺血栓塞栓症を併発して、2009年7月15日亡くなりました。享年33歳の若さでした。6月末に学会から賞を受けるなど新進気鋭の元山氏は、経営学部に貢献するところ極めて大でした。
元山氏は2008年3月に神戸大学大学院後期博士課程を修了し博士号を授与され、経営学部に助教として着任しました。着任早々、文科省教育GPの申請作業に従事され元山氏の貢献により同年夏には経営学部ビジネス・リーダーシップ・プログラム(BLP)がめでたく教育GPに選定されました。この選定は同プログラムをますます発展させました。次に元山氏はBLP各科目の教材更新に注力されました。例えば、ここ一年間でBLPの各クラスで用いる共通スライドが著しく改善されたことは多くの人の一致して認めるところです。
元山氏は研究面でも着実な成果をあげられ、今年度6月末には研究論文「管理職への移行における諸問題」で日本経営教育学会山城賞奨励賞を受賞しました。
また、元山氏の愉快なお人柄は教員だけでなく学生にも好かれ、元山研究室は授業時間外も面談に訪れる学生が絶えませんでした。
経営学部教授会は紀要『立教ビジネスレビュー』次号を元山氏追悼号とすることを決定致しました。経営学部と立教大学にとって元山氏を失ったことははかりしれない打撃ですが、元山氏のこれまでの貢献に感謝し、ご冥福をお祈りいたします。(経営学部教授・BLP主査 日向野幹也)
元山さんと初めてお会いしたのは昨年の秋でした。私より一年早く立教大学の助教として勤務されていた元山さんは、今春から助教として働くことになった私に、早くから多くのアドバイスを下さいました。BLPのこと、立教大学のこと、研究者としての過ごし方など、多方面にわたってアドバイスを下さいました。極めて合理的な考え方をする元山さんと話をしていると刺激も多く、会うたびに身が引き締まる思いがしました。たまに研究室を訪れると、いつでも快く相談相手や話し相手をして下さいましたが、元山さんの趣味や休日の過ごし方などプライベートなことに話が及ぶとあまり語ろうとはして下さいませんでした。そんな少々ひねくれたところも、時間がたてば分かり合えるだろうと思っていたのですが、舞い込んできたのは突然の悲報でした。あまりに予測を超えた事態に、まだ現実のこととして受け入れることができていない状況です。
まだ教えて頂きたいこともたくさんありました。話したいこともありました。最近は何かをする度に、元山さんがいたらこう言うだろう、こうするだろうと考えてしまいます。こうして追悼文を書いている今も、「しょうもないこと書くな」などと言われてしまいそうです。まだ元山さんに褒めてもらったことはなかった気がします。いつか褒めてもらえるように、私自身、そしてBLP、経営学部も成長していけたらと思います。どうぞ見守っていて下さい。
最後になりましたが、元山さんへ心から哀悼の意を表するとともに、安らかにお眠りになられますよう心からお祈り申し上げます。(経営学部助教 三木朋乃)
元山さんと初めてお会いしたのは昨年9月のMBTI(Myers Briggs Type Indicator)というユングの性格タイプ論に関する研修での席上でした。元山さんと一緒のグループとなり、皆で自己紹介し合ったり、ワークショップで一緒に討議をしたり、ロールプレイをしたり、和気会い合いとした雰囲気の中で親しくなっていきました。私は比較的、研修では、はしゃぐタイプですが、元山さんは最初お会いした時には、どちらかと言うと物静かな印象をもちました。しかし、だんだん研修で日が経つにつれて実は良く場を観察しておられ、私のように無駄口は叩きませんが、肝腎な時に皆の気づきを促すような鋭い的確な発言をされる方だなと感じました。どちらかと言うと黒子役ですが、実は知らない間に皆をリードして行く様子を見ていて、元山さんこそ真の意味でのファシリテーターだと感じました。私はMBTIの試験は一回目は準備不足もあり合格できなかったのですが、元山さんは一回目でしかもかなりの高得点で合格され、さすが大学の先生だと感心しました。私は元山先生の推薦で日向野先生にご紹介いただき、今年の4月からBL2の授業を受け持たせてもらっています。昨年の12月、参考のために元山さんの授業を2回ほど見せていただきました。MBTIの研修の時と同じく情熱的というよりは、むしろ淡々と授業を進められますが要所要所で的確な言葉でリードされている姿が目に焼き付いています。授業のあと学生に囲まれて質問されていましたが次の授業が迫っているのにも関わらず学生に対して熱心に答えておられました。4月から授業が始まり授業に関する相談のため研究室を訪れるといつでも快く熱心にお答えいただきました。後期のBL3-bの授業は元山さんと一緒に担当させていただく予定になっていましたが元山さんの突然の悲報で、私1人でやることになりました。元山さんから良い授業だったと誉めてもらえるような成果の上がる授業をすることが元山さんへの恩返しになるのかなと思っています。(経営学部兼任講師・BLP担当 太田哲二)
元山先生と私は、共に2008年の春、元山先生は立大BLPの教員として着任、私は当時、BL4の提案企業の担当として、立大の門をくぐりBL4のクラスでお会いしました。年齢も近かった我々は話題もことかかず、BLPのクラスをともに運営していくうち、より意気投合していくようになりました。「もっと面白いBLPにして、立教をいい学校にしようよ」などとたわいもなく会話をしていました。ちょうど昨年の末、元山先生から今期BLP、BL4についての構想を持ちかけられたときも、まさにそのような感じで、不安よりも、何かまた面白いことが始まるわくわくした感覚を覚えたことを今でも思い出します。
そんな一見淡々とした冷めた風で、実は熱いハートの元山先生の思いが形となって走り出した、今期のBLPクラスでは、そんな手ごたえを毎回感じていました。毎週講義のある火曜日がくるのが、いつしか互いに楽しみとなり、クラス後にBLPルームで打ち合わせをしていたときの楽しい雰囲気は、まさに立教大学における「ベンチャースピリット」でした。
あまりにも突然の今回の訃報について、今はまだ私も冷静にきちんと受け止めることができておりません。まだまだこれから後期も、来年も、やってみたいことがたくさんあったかと思います。我々にとっては、元山先生の志を継ぎ、これからの立教をつくっていく事が恩返しになるのではと思っています。でもいつかまたどこかで、ふっと現れ、共に面白い仕事ができるような、未だにそう思わずにはいられません。
元山先生のご逝去を悼み、ご冥福をお祈りいたします。
「会者定離 ありとはかねて聞きしかど昨日、今日とは思わざりけり」 (経営学部兼任講師・BLP担当 津吹達也)
I first met Motoyama-san when I was shown my office in late March this year, upon joining the COB at Rikkyo. My concerns over the inconvenience of sharing an office soon disappeared and in no time at all I was wondering what I would have done without Motoyama-san as an officemate. Having arrived in Tokyo and at Rikkyo one year earlier than I, he knew what it was like to get used to a new place, and subsequently helped me not only to negotiate a web of new rules and procedures, but gave me feedback on my class (that somehow he had managed to obtain through student channels) and introduced me to some decent restaurants around Rikkyo. Though we rarely got the chance to share a meal together - despite both working late - it was on one of these occasions that Motoyama-san tragically tripped and hurt his knee, which would be the last time I saw him at Rikkyo, and the last time he saw me.
What struck me about Motoyama-san was his dedication to teaching and the passion he had for delivering quality education to students. He would often return to the office sometimes an hour after the BL4 class was scheduled to finish saying 「うちのクラス、熱いやん」. Students would often come to consult him on various issues, after which he would always apologise to me for the disruption. Over the space of just a few short months, I found his attitude to teaching was nothing short of infectious, and for a new academic such as myself, he was the best colleague and officemate I could ask for.
If only we could have had the chance to implement some of the new ideas for 2010 we had discussed enthusiastically together. Even now embracing the truth seems more surreal than imagining he might open the office door and walk in with his standard 「まいど〜」. Yet this is not to be, and though I have lost a friend I was just getting to know, he has inspired in me a passion that I hope to keep burning. (立教大学経営学部・助教 Adam Johns)
(2008年度BL0元山クラス、2008年7月15日撮影)

» 追悼メッセージをこちらからお寄せ下さい。